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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)9385号 判決

原告 庄建設株式会社

右代表者代表取締役 庄幸司郎

右訴訟代理人弁護士 岡邦俊

右訴訟復代理人弁護士 小林克典

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 須田恭平

主文

一  被告は原告に対し金一九八万三七九七円及びこれに対する昭和五四年七月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

(申立)

一  原告

1  主文一項の損害金起算日を昭和五三年一〇月四日、損害金の割合を年一割とするほかは、主文一、三項と同旨。

2  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

一  原告の請求原因

1  原告は、建築工事等請負を業とする株式会社である。

2  原告は、昭和五一年六月、被告から、被告所有の肩書住所地所在の木造瓦葺二階建居宅の増改築工事を請負った。

その際被告の妻花子、娘春子から増改築部分についての希望をきき、見積りをしたところ、代金額は約八〇〇万円となった。当時花子は胃がんにかかり入院中で、春子が余命の短い母のため増改築計画を積極的に進めていたのであるが、「代金が五〇〇万円以上になると父(被告)が増改築に消極的になる。母の思いどおりにさせたいので、契約書上は代金額を五〇〇万円とし、それを超える分は追加工事代金として引渡時に確定するということにしてもらいたい。」と述べたので、原告は、これを承諾して、昭和五一年六月二三日、被告の代理人である花子、春子との間で代金額について次のとおり合意した。

(一) 請負代金はおよそ八〇〇万円になるが、契約書上は代金額を五〇〇万円とする。

(二) 代金支払方法は、契約時に二〇〇万円を支払い、残額は工事完了後に精算のうえ、毎月二〇日限り一〇万円宛、七月、一二月のボーナス月は三〇万円宛分割して支払う。残代金については信用金庫並みの利息を支払う。

(三) 工期は昭和五一年六月二五日から八月三一日までとする。

3  原告は、右増改築工事を完成して、昭和五一年九月一日被告に引渡した。

4  右引渡当時の工事代金は、七三九万六六〇一円となっていたが、被告は次のとおり支払い、原告は受領した。

昭和五一年七月二三日 二〇〇万円

同年一一月二日 三九万六二七六円

同年一二月二四日 八〇万円

昭和五二年一月四日 二二〇万円

合計 五三九万六二七六円

5  原告は、昭和五二年一月四日、被告との間で残額二〇〇万〇三二五円のうち三二五円を切捨て残代金を二〇〇万円とし、これと同日以降の追加工事代金について、昭和五二年二月二〇日から完済まで毎月二〇日限り五万円宛支払う。右支払を一回でも怠ったときは、残額について年一割の割合による損害金を付して即時に支払うことを合意した。

6  その後に生じた追加工事代金は、

昭和五二年一月一三日までの分 五万五三三〇円

同年八月二四日までの分 一九万三〇〇〇円

である。

7  被告は、

昭和五二年一月二八日 六万四五三三円

同年二月二五日 五万円

を支払ったが、三月分の支払をしなかったから、昭和五二年三月二〇日、期限の利益を喪失した。

8  被告は、昭和五二年四月一日、六月一日、七月二九日に、それぞれ五万円宛弁済したので、原告はこれを元本に充当した。したがって、昭和五二年八月二四日現在の残代金は一九八万三七九七円である。

9  原告は、昭和五三年一一月二四日、被告に残代金の支払を求めたところ、被告は、春子と連帯して右残代金と年一割の割合による損害金を、月五万円宛分割して支払うことを約束した。

仮に、花子、春子が被告に代理して本件工事代金を約八〇〇万円と合意したことを被告が知らなかったとしても、このとき追認したものというべきである。

10  被告は、その後次のとおり支払ったので、原告はこれを昭和五二年八月二五日から昭和五三年一〇月三日までの年一割の割合による遅延損害金に充当した。

昭和五四年九月六日 四万円

同年一〇月一九日 二万円

同年一一月七日 三万円

昭和五五年一月七日 三万円

同年三月一九日 三万円

同年八月一三日 三万円

昭和五六年二月一三日 四万円

合計 二二万円

11  よって、原告は被告に対し、請負残代金一九八万三七九七円とこれに対する昭和五三年一〇月四日から支払ずみまで約定の年一割の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、昭和五一年六月頃花子が胃がんのため入院中であったこと、同月二三日、被告が被告所有の肩書住所地所在の木造瓦葺二階建居宅の増改築工事について、工期同月二五日から同年八月三一日、代金五〇〇万円とする請負契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4のとおり支払ったことは認める。2項の五〇〇万円と玄関まわりの追加工事代三九万六二七六円で、被告は代金全額支払ずみである。

5  同5ないし8の事実は否認する。被告は原告主張の金員を支払っていない。

6  同9のうち、原告主張の頃原告の代表者と担当者に逢ったことは認めるが、その余は否認する。被告は七〇〇万円余になる契約書があれば見せてもらいたいと述べたのに対し、原告は契約書はあると言っていたのに持参しなかった。

7  同10の事実は否認する。昭和五二年一月二八日以降の支払は、春子がしたものであるが、被告は関知しない。

三  被告の抗弁

仮に花子や春子がしたことに対し被告になんらかの法律効果が及ぶとしても、原告がした工事には別表のとおり未施工、数量不足、重複請求があり、被告は原告に対し瑕疵修補に代わる損害賠償請求権八三万四五六〇円を有するから、昭和五九年一月二三日の口頭弁論期日において対当額において相殺する旨の意思表示をする。

よって、仮に被告に支払義務があるとしても、七三九万六六〇一円から既に支払ずみの五三九万六二七六円、春子が支払った四六万四五三三円を控除した一五三万五七九二円から右金額を差引き、被告が支払うべきものは七〇万一二三二円である。

四  原告の認否

抗弁事実は否認する。原告は本件工事を完成しており、未施工部分、瑕疵はない。

五  再抗弁

本件工事の目的物引渡時から既に六年を経過しており、被告主張の損害賠償請求権に基づく相殺の抗弁は、失当である。

(証拠)《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  同2のうち、被告が原告に対し、昭和五一年六月二三日、被告所有の肩書住所地所在の木造瓦葺二階建居宅の増改築工事を注文し、原告がこれを請負ったこと、及び当時被告の妻花子は胃がんのため入院中であったことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができる。《証拠判断省略》

三  同3の事実は、当事者間に争いがない。

四  同4のうち、被告が原告主張のとおり計五三九万六二七六円を支払ったことは、当事者間に争いがない。

五  同5について、《証拠省略》によれば、春子は、昭和五二年一月四日、被告が支払った残りの代金は毎月五万円程度被告に代って春子が支払うことを約束したことが認められる。原告は、同日被告が右約束をし、かつ分割払いを一回でも怠ったときは期限の利益を喪失し、かつ年一割の割合による遅延損害金を支払うことを約束したと主張するが、これを認めるにたりる証拠はない。

六  《証拠省略》によれば、原告は昭和五二年一月一三日、電気工事(クーラー取付工事等)五万五三三〇円、同年八月二四日、玄関の増築工事一九万三〇〇〇円を行い、その頃被告に引渡したことが認められる。

七  《証拠省略》によれば、春子は、請求原因7、8記載のとおり被告のため弁済したこと(春子が弁済したこと自体は争いがない。)が認められる。原告は、これをすべて請負代金元金に充当したことを自認しているから、昭和五二年八月二四日現在の残代金は一九八万三七九七円ということになる。

八  《証拠省略》によれば、原告は、昭和五三年一一月二四日、被告と春子に対し残代金の支払を求めたところ、両名は、毎月できる範囲で五万円程度を支払う旨約束したことが認められる。被告は、「私が知らないうちに私の名で七〇〇万円の契約をしたのなら払わなければならないと思っていたが、契約書があるというので提出を求めたのに送ってこなかった。春子が送金を続けていることは知っていた。」という趣旨の供述をしており、もともと八〇〇万円程度というのは、原告と被告の代理人として花子、春子との間の口頭の契約であるから、契約書の有無によって契約の成否が左右されるわけではないし、被告はおそくともその頃春子らの無権代理行為を追認し、残代金の支払を約束したものというべきである。

高森証人は、このとき信用金庫並みの利息をつけることを約束したと述べているが、それだけで年一割の割合の利息の支払を約束したものと認めることはできず、損害金については商事法定利率により年六分の割合によるべきである(支払方法、金額について変更されてきており、《証拠省略》による利息の定めだけが維持されていると解するのは適当ではない。)。

九  《証拠省略》によれば、春子は、請求原因10のとおり、被告のため弁済したこと(春子が弁済したこと自体は争いがない)が認められる。

原告はこれを昭和五二年八月二五日以降の年一割の割合による遅延損害金に充当したと主張するが、損害金の割合は年六分とすべきであるから、右割合で計算すると、一年と三一〇日分、即ち昭和五四年六月三〇日までの損害金に充当されたことになる。

一〇  次に、被告は瑕疵修補に代わる損害賠償請求権による相殺を主張し、原告は民法六三八条一項に定める期間が経過した旨、主張する。

建物増改築工事の注文者が請負人に対して有する仕事の目的物に対する瑕疵の修補に代わる損害賠償請求権は、目的物の引渡を受けたときから五年間にこれを行使することを要することは民法六三八条一項の規定するところであり、この期間はいわゆる除斥期間であるが、右期間経過前に請負人の請負代金請求権と注文者の右損害賠償請求権が相殺適状に達していたときは、民法五〇八条の類推適用により右期間経過後であっても、注文者は右損害賠償請求権を自働債権とし、請負代金請求権を受働債権として、相殺をすることができると解されている。

そこで本件増改築工事引渡後満五年を経過した昭和五六年九月一日以前に、右両債権が相殺適状に達していたかどうかが問題となるが、民法六三四条は注文者の瑕疵担保上の権利として、瑕疵修補請求権とこれに代わる損害賠償請求権を規定しているのであるから、債権者である注文者が損害賠償請求権を選択しようとするときは、損害賠償を求める旨の意思を通知することを要し、かつ、権利関係を速やかに確定しようとする除斥期間の制度趣旨からみて、時効中断における催告に準じ、瑕疵を特定し、その修補に代わる損害賠償請求であること、及び請求する金額を明示して、その履行を求めることが必要であると解するのが相当である。

本件においてこれをみるに、被告本人は、「昭和五三年一一月二四日、原告に対し設計が違うし工作も粗末なものであることを指摘したが、直してくれとは言わなかった。原告が直してくれるものと思っていた」旨、供述しており、瑕疵修補を求めたのかさえ明らかではなく、まして、瑕疵修補に代わる損害賠償請求の意思を明らかにしたとは言えないのであって、右除斥期間内に損害賠償請求権が成立し、相殺適状にあったものと認めることはできない。

証人甲野春子は、本訴提起後はじめて請求明細を知り、別表のような瑕疵を発見したと供述しているけれども、《証拠省略》と対比し、採用することができない。(《証拠省略》によれば、春子は、当初から五〇〇万円を超える分は自分が被告方に同居するについての家賃のつもりで支払うことにしていたところ、契約当時は無収入で夫の収入に頼っていたのに離婚し、昭和五二年四月から昭和五五年末頃までは月収一五万円程度を得ていたが、昭和五六年再び離婚するなどのことがあったため支払うことができないまま推移したというのが実情であると認められ、被告主張の瑕疵が果して瑕疵といえるほどのものかも疑わしい。)

以上により、本訴において瑕疵修補に代わる損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁は、除斥期間経過後の主張として、許されない。

二 よって、原告の本訴請求は、請負残代金一九八万三七九七円と、これに対する昭和五四年七月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大城光代)

〈以下省略〉

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